ERPから取り出したログデータの整備と前処理の実践

なぜ「ERPログデータの整備と前処理」がプロセスマイニング成功の分水嶺なのか

ERP(基幹業務システム)は企業活動のあらゆるプロセスを記録する中枢的存在です。しかし、そのログデータをプロセスマイニングに活用するには、「そのまま」では使えないという厳しい現実があります。

データ品質の4つの重要要素—整合性、粒度、統一性、可読性—これらが確保されて初めて、プロセスマイニングが真価を発揮します。Process Mining Handbookによると、プロセスマイニングプロジェクトの80%は、データ準備段階での課題により期待される成果を得られていません。つまり、技術的な分析手法よりも、基盤となるデータの品質確保が成功の鍵となっているのです。

ERPログデータの本質と課題

イベントログの構造的理解

プロセスマイニングにおける「イベントログ」は、業務プロセスの実行履歴を時系列で記録したデータセットです。効果的な分析には以下の要素が必要です:

標準イベントログの必須構成要素:

  • ケースID:個別の業務インスタンスを識別する一意な番号
  • アクティビティ名:実行された具体的な業務処理内容
  • タイムスタンプ:処理が実行された正確な日時
  • リソース情報:処理を実行したユーザーまたは部署の識別子

ERPのデータベースでは、これらの情報が複数のテーブルに分散しており、適切に抽出・統合・整形しない限り「分析可能なログ」として機能しません。

ERPログデータの典型的課題

データ構造上の課題:

  • ID体系の分散:各プロセスで異なるID体系が使用
  • タイムスタンプの不整合:一部処理でタイムスタンプが欠落
  • アクティビティ名の技術依存:システム固有コードで記録
  • データの粒度の不統一:詳細すぎる操作ログと粗すぎる業務ログが混在

業務実行上の課題:

  • ステータス更新タイミングのばらつき
  • 例外処理の未記録
  • 複数システム間の時刻同期問題
  • テストデータの混入

プロセスマイニングの基礎知識について → https://flr-process.com/about/

整備フェーズ:「ログ整形」の実践手法

戦略的データ抽出のアプローチ

抽出設計における重要な検討要素:

  • 対象期間の最適化:季節性や業務サイクルを考慮(推奨:12ヶ月以上)
  • 業務スコープの明確化:分析対象となる業務プロセスの範囲定義
  • システム負荷の管理:本番環境への影響を最小化する抽出スケジュール

主要ERPシステム別の抽出手法:

  • SAP ERP/S4 HANA:変更ドキュメント(CDHDR/CDPOS)からの履歴取得
  • Oracle ERP Cloud:Fusion Applications Audit Trailからのデータ抽出
  • Microsoft Dynamics 365:Dataverse監査ログの活用

包括的整形処理の実装

ステップ1:ケースIDの統合と正規化 異なるシステムで使用されるIDを統一し、エンドツーエンドのプロセス可視化を実現

ステップ2:タイムスタンプの標準化 統一フォーマット(ISO 8601)への変換、タイムゾーンの統一、欠損データの補完

ステップ3:不要データの除去 エラー処理、テストデータ、重複レコードの検出と除外

ステップ4:アクティビティ名の業務可読化 技術的コードから業務名称への変換、命名規則の策定

プロセス可視化ツールとしてのCelonisの詳細 → https://flr-process.com/celonis/tool/

前処理フェーズ:データ変換の最適化

プロセスバリアントの戦略的管理

業務の実行パターン(プロセスバリアント)が過度に多様化すると、可視化が困難になります。前処理段階で以下の最適化を実行:

  • 頻度ベースフィルタリング:全体の5%未満の稀なパターンを除外
  • 例外フローの明確化:「手戻り処理」「緊急対応」などのタグ付け
  • 標準フローの特定:最も一般的な実行パターンの明確化

ETL処理の重要技術要素

相関処理(Correlation): 異なるデータソースからのイベントを適切なケースIDで関連付ける処理。Process Mining Handbookでは、この処理がプロセスマイニングの成功に極めて重要と強調されています。

抽象化処理(Abstraction): 低レベルの技術的イベントを、業務レベルの意味のあるアクティビティに変換。

リアルタイムデータ連携の詳細 → https://flr-process.com/celonis/linkage/

実践成功事例:ログ整備による業務改善

大手製造業A社のSAP ERP活用事例

課題: 従業員数8,000名の自動車部品製造企業A社では、購買プロセスの分析に3週間を要し、改善提案の策定にさらに時間がかかっていました。

ログ整備の実装: SAP ERPから購買発注(EKKO/EKPO)、購買依頼(EBAN)、変更履歴(CDHDR/CDPOS)、入庫処理(MIGO)の統合ログを構築。20種類以上のプロセスバリアントを5つの標準パターンに集約しました。

達成成果:

  • 分析作業時間:3週間 → 3日に短縮(91%削減)
  • プロセス可視化精度:45% → 92%に向上
  • 購買コスト:年間8%削減(約1.2億円のコスト削減)
  • 意思決定スピード:従来の10倍高速化

導入成功のための実践ガイド

段階的実装アプローチ

フェーズ1:基盤構築(1~3ヶ月)

  • データソースの詳細調査と品質評価
  • 限定的スコープでの抽出・整備プロセス構築
  • 業務部門との協働によるデータ解釈の確立

フェーズ2:本格運用(3~6ヶ月)

  • 全社的なデータ整備プロセスの展開
  • 自動化による処理効率の向上
  • 品質監視とエラー処理の仕組み構築

フェーズ3:高度化(6ヶ月以降)

  • リアルタイム処理能力の実装
  • 機械学習による自動品質改善

組織的成功要因

IT部門と業務部門の協働体制:

  • IT部門:技術的なデータ抽出、システム統合
  • 業務部門:データの業務的意味の解釈、品質検証
  • 協働領域:データ品質基準の策定、継続的改善

プロセスマイニング導入のステップ → https://flr-process.com/celonis/process/

投資対効果の最大化

効果測定フレームワーク

直接的効果:

  • 分析作業時間の短縮(人件費削減効果)
  • データ品質向上による意思決定精度の改善
  • システム運用効率化によるコスト削減

間接的効果:

  • プロセス改善による顧客満足度向上
  • データドリブン意思決定による競争優位性強化
  • 組織学習能力の向上による長期的価値創出

継続的価値創造

重要なのは、一度の整備で終わらず、継続的にデータ品質を向上させるメカニズムの構築です。

  • 自動品質監視による早期問題発見
  • 機械学習による整備プロセスの最適化
  • 業務変化に対応した動的な整備ロジック調整

結論:ログ整備こそがプロセスマイニング成功の「決定要因」

整備されたERPログデータなしには、プロセスマイニングは単なる理想に過ぎません。整形・前処理は地味な作業に思えるかもしれませんが、実際には企業のデジタル変革の起点となる極めて重要な投資なのです。

ログ整備が創出する3つの価値:

  • 可視化価値:隠れた業務実態の客観的把握
  • 改善価値:データに基づく確実な業務最適化
  • 変革価値:組織のデータドリブン文化の確立

自社のERPログ構造と整備プロセスを見直すことが、競争力強化への確実な第一歩となるでしょう。